ブログを更新していない時期に人生でそう何度も起こらないであろう緊急イベントが乱立していました。
お久しぶりです。ミックスナッツのライターをしておりますぴーなつです(自己紹介)
バタバタするときは、これでもかというほどバタバタしますね。
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大イベントの始まりはお義父さんがなくなったところから始まりました。
12月の初旬、持病もありましたがその日の朝まで家に居て生活していたお義父さんが亡くなりました。
そこから葬儀までの1週間は、かわるがわるやってくる人に感謝を申し上げ、且つ葬儀に係わる決めごとをガンガンに選択し、手配していくという激動の1週間でした。
よく「現実感がない、悲しむ暇もない」といいますが、本当にその通り。
言われるがままに流され、慣例に従い最もらしい選択をして来たような気がします。
葬儀は突然やってくるし当然死人に口無しなわけなので、遺族がどうしたいかを優先することが大事だと学びました。
あーだこーだ評価する人の意見は故人に対する情熱だと思って受けながす。
決して喧嘩せず腹の中で「その思いは自分の親族にだけ伝えておけよ、くそじじい」と悪態ついて消化するのが一番です。
だって、他人ですから(これが一番心の平和を保てる)
お義母さんは存命ですが、夫が喪主を務めることになり、私は喪主の妻となりました。
喪主は、本当にたくさんやることや決めることがあります。想像以上でした。
我が家は浄土宗のお寺さんの檀家なので、葬儀の方針や流れは浄土宗の教えに沿って行いましたが、
そのほかの自由選択できる部分は、すべて喪主が代表して決定しなければなりません。
信心の無い私や夫にとって、白装束の襟カラーとか枕の色や柄、棺の装飾など最上級に「なんでもいい」選択ばかり。
お義母さんの意見を聞きながら、一番華やかで派手な物を選択していきました。
あまり選択肢を与えないでほしい。火葬してなくなってしまうのだからこだわりを持たせないでほしい。
不謹慎なのは承知で「まあ、どうせ燃えてなくなっちゃうからどれ選んでも一緒」と割り切って選びました。
葬儀が終わった晩から、今まで張りつめていた緊張と重責から解放され、体調を崩しました。
のどに違和感(発熱なし)、3日後より咳が止まらなくなる。
夜中にせき込んで起きる。横になって眠れなくなる(地獄の3日間)
これはちょっとおかしいと思い、呼吸器内科に掛かると「咳喘息」と診断される。
…喘息の話はまた今度詳しく書こう(備忘録)
薬の副作用があったり、なんだりかんだりいろいろありました。現在も治療中です。
そんなこんなでいろんなことがあった12月、1月を超えて2月からブログも再開していこうという気になりました。
今まで続けていた100日で何捨てる?シリーズは、断捨離を記録する余裕すらなくなってしまったので、現在のところで終了。
生活を豊かにする考え方や、日々の生活の中で気づいたこと、痛感したこと、「天才かよ」と思ったことなど、その時々に思い浮かんだものを発信していこうと思っています。
私の頭の中を、お楽しみください(てへ)